安房トンネルを抜けると梓川の谷。上高地だの白骨温泉だのという観光地を尻目に梓川を奈川渡まで下ったところで、国道158号線から県道26号線へ入る。現在松本市に包含されてしまった旧奈川村は、北アルプス乗鞍岳と鉢盛山の間の深い谷間の村。松本と飛騨を結ぶ野麦街道に沿った集落が点在する。奈川渡ダムによってできた梓湖の南端を過ぎ、奈川へ支流黒川が合流するところに黒川渡・古宿集落がある。ここで見られる大きな民家は、棟の先端にカラスオドシと呼ばれる装飾を付けた切妻屋根と妻面に軸組を表すのが特徴の本棟造りで、松本盆地から伊那にかけて見られる様式だ。古宿から黒川渡に下る途中、美しい蕎麦畑がありしばし立ち止まって見惚れてしまった。
奈川古宿の蕎麦畑
奈川を遡るとさっき岐阜県側で行けなかった野麦峠に至る。しかし、近づくにつれて雨が強くなったきた。どうやら地形の関係で野麦峠周辺だけが大雨になっているようだ。峠下に川浦という集落があるのだけれどこの大雨の中で歩けないし、岐阜県側の野麦集落とともに今後に残しておこう。野麦峠から離れるとまた雨は止んだ。
県道を奈川渡ダムまで戻り、国道158号線を松本方面へ進む。島々の手前にある稲核(いなこき)は、野沢菜に似た稲核菜の産地でちょっとだけ有名。建物には海鼠壁の蔵造りが現れてきて、安曇野に下ってきたことを実感する。
稲核の海鼠壁
旧奈川村での集落探訪がコンパクトにおさまったため時間が余った。このまま松本へ行ってしまっては早すぎるので、明日予定している大町を今日のうちに歩いておこうと思う。途中の安曇野の農道からは、天気が良ければ北アルプスが一望できるはずだが、梅雨時だし前衛の山しか見えず主峰は雲の中だった。
信濃大町は、少年時代から何度も訪れているけれど、恥ずかしいことに町並みをじっくり歩いたことがない。駅からまっすぐ北に延びる商店街だけしか印象になかったが、直交する通りにも商家が残っていた。そうか、この町も蔵造りの町並みなんだ。面白いことに、主屋のサイドに庭を持ち隣地との間に防火壁がそそり立つ。防火壁は見るからに耐震性に問題がありそうで、主屋と金物でつなげられた家もあった。また、造り酒屋脇の海鼠壁づくしの通りも印象的であった。
大町の商家(長野県)
松本は私が最も好きな町である。町並みとしてみれば別にさほどとびぬけたものではないけれど、北アルプスや美ヶ原などのきれいな山々を背景にした松本城や町並みが好きなのである。実は、仕事をリタイヤしたらこの町に住みたいとも思っている。その街の中、松本城の外堀でもあった女鳥羽川に面したところに蔵造りの建物がある。大正期に建てられた旅館まるもで、今日はここに泊まる。まるもはカフェも営業していて、松本に来れば必ず立ち寄る万訪お気に入りの店であるが、この旅館の方にはいままで宿泊したことがなかった。松本民芸家具が良く合うインテリア。実に心地よい空間である。
松本 旅館まるも(長野県)
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