太田 旧中山道 木曽川渡しで栄えた東濃の宿場町

岐阜県
美濃加茂市
太田本町




交通

JR高山本線美濃太田駅下車


国道21号線



太田本町




2004.02.21
木曽川の「太田の渡し」は中山道きっての難所であった。その川渡しの宿場として栄えた太田宿は、木曽川の北岸に東西六町十四間(約680M)、天保14年に家数118軒を数えた。
太田には、立派な本卯立をあげた脇本陣が残っており重要文化財に指定されている。本陣は門だけが残っている。脇本陣付近は道幅が広く、向かいに御代桜酒造の倉が並んでいたり、本卯立をあげた商家が多いなど、宿場の中心部の佇まいを感じることができる。太田宿の一般的な町家は、切妻平入で2階が低く桟瓦葺である。
町は西から下町、仲町、上町で、宝暦年間に渡しの位置が東にずれて町も東に伸び新町ができた。新町、上町にも町並みがよく残っている。

町の西端、大井戸の渡し跡付近の木曽川
下町の町家
岐阜県の町家は、サイド(隣地側)から見て左右対称形が多い。
仲町の本陣門
本陣は明治には太田町役場のあった場所で、建物の遺構はないが門が残されている。

脇本陣林家住宅(国指定重要文化財)
明和7年(1769)に建築された主屋、天保2年(1831)に建築された表門と袖塀、2棟の土蔵からなる。林家は脇本陣であるとともに、大田村の庄屋や尾張藩の勘定所の御用達を勤めた旧家である。屋根両端の本卯建は防火壁としての役目であるとともに、脇本陣としての権威を示すものでもあった。

御代桜酒造の酒蔵の間の通りから旧中山道脇本陣方向を見る。

御代桜酒造の敷地内に建つトタンのタワー(右)。何に使われているのか?。

上町の本卯建の町家
上町の町並み(永楽屋)
新町の町並み
新町の町並み
参考資料 リンク
美濃加茂市


参考文献
『図説 日本の町並み5 中部編』 太田博太郎他 第一法規