北海道産業町紀行

北海道といえば、大自然の風景や食を味わう旅がほとんどでしょう。あるいは小樽や函館の近代の歴史的町並みを歩いて楽しむのもいいでしょう。今回の旅はそのようないわゆる北海道らしい場所へは一切行きません。されど北海道ならではの町並み。それは石狩炭田のさびれた炭鉱町であり、近代工業化の象徴である企業城下町です。それらの町並みはどんな印象を与えてくれるのでしょうか。旅を企画した私本人も半信半疑のまま北への旅に出たのでした。
 
羽田→千歳便の機内にて

昨晩は会社の歓送迎会。酔っ払って帰り、寝がけに目覚ましをセットしようとしながら不覚にも寝てしまった。朝目が覚めたら5時。
目覚ましもなくよくぞ起きられた!自分を褒めてやりたい!慌てて支度し空港へ、チャックインにはギリギリ間に合った!
これから北海道の企業城下町と炭鉱町を歩きまくるぞ。



 

ANA機内から
苫小牧にて

苫小牧市街へ近づくにつれて煙を吐いている煙突もだんだん近づいてくる。
苫小牧は
絵に書いたような企業城下町です。王子製紙の町。駅近くに工場があって、正門からまっすぐ東へのびている王子通りに王子製紙の体育館、病院、スケートリンクなどが並んでいます。また、正門横には倶楽部施設と幹部社宅、王子神社、門前には社宅群です。地名も王子町となっています。そして工場の海側には歓楽街があるという典型的な企業城下町のパターンでした。

王子製紙苫小牧工場の
正門から中をのぞくと赤煉瓦の建物が。ぜひともあれを写して帰りたい。守衛所で「王子神社を拝見したのですがすぐそこまで入れてもらえないでしょうか?
と関係ない王子神社をダシに使ってダメもと。「まぁ偉い人は来ないと思うからサッと見てくるだけならいいですよ」ラッキーにも入れてもらい、王子神社より煉瓦建築の方をパシャッ!

苫小牧の町外れ、海沿いにかつて赤線がありました。そこを流すが何もなし。ただ遊郭時代に創られた広い通りがあるだけでした。



苫小牧 王子製紙工場門前の王子倶楽部

苫小牧 王子製紙工場内に残る創設当初の施設
室蘭にて

苫小牧から室蘭へ向かう。寝不足のため高速道路では眠くてしかたがありません。インター下りて崎守地区へ。北大出身の会社の後輩が、「室蘭に超魚のうまい食堂があるんですよ。町はずれのとんでもない場所ですが是非お勧めです」とむっちゃくちゃ推薦するので味喜屋へ行ってみた。「えっこの店か?」と疑うほど小さなお店。しかも、本当にとんでもない場所である。ところが、ガーンお休み!おいおい。

しょうがなく諦め、新しい白鳥大橋を渡って絵鞆半島へ。橋の上から眺められる
湾の内側は製鉄所によってびっしり埋め尽くされている。室蘭の製鉄所は戦災を受けているが、室蘭の旧市街は工場から離れていたせいか、旧室蘭駅舎共々古い建物がわずかながら残っていました。その海岸通りの裏手丘上は遊郭だった町だけど名残はちょぴっとあるかなぁ、、、?
一方、
浜町小路のスナック街は北の国らしくgood!

さて工場前の企業城下街の方ですが、とにかく工場がデカすぎてどの町が門前なのかよくわからない。でも、地球岬のような大自然の見られる半島外側の海食崖地形と内側の製鉄所の町が隣り合っている姿は北海道ならではですね。



室蘭崎守 北大出身の後輩が絶賛した味喜屋食堂
この店の前の坂道がムロラン地名発祥の坂?

室蘭幕西町遊郭跡
夕張にて

高速道路で一気に夕張へ移動する。途中に登別温泉、洞爺湖、白老ポロトコタンなど観光名所があるけど一切目もくれない。

夕張は大学1年の時(27年前)に鉄道旅行で来たことがあります。その時はまだ炭鉱が閉山になっていなかったので炭鉱列車も運行していました。国鉄夕張線清水沢駅から三菱大夕張炭鉱へ向かう炭鉱鉄道に乗りました。
旅客列車は朝一番しか走っていなかったので、この鉄道に乗るためにわざわざ夕張の旅館に泊まりました。しかしながら、町並みの記憶は全然ありません。

夕張といえば行政破綻した町。市役所や文化会館はメンテもされず汚れっぱなしのよう。街が・・・。いままで出会ったどの街よりも寂れています。旧市街の歓楽街だった梅ケ枝横丁という通りが丘の上に通っているのですが、朽ちている。でも映画館だった建物もあったりしてかつての栄華が偲ばれます。いい?町並みでした。収穫あり。




清水沢駅 27年前に乗った三菱大夕張炭鉱鉄道

夕張梅ヶ枝横丁 往時を偲ばせてくれる町並み
岩見沢にて

岩見沢駅は、北海道で最初の小樽(手宮)〜幌内間の鉄道敷設の後、函館本線と室蘭本線の合流する駅でした。駅の西側には巨大な操車場がありましたが、現在は綺麗に更地になっていて
星マークの付いた開拓時代の煉瓦造の建物だけが残っていました。元町にあったという旧遊郭も面影はなし。街中にも単発はあるものの古い町並みは見られません。これは旭川までの他の町も同様に。




岩見沢 旧北炭鉄道岩見沢工場の煉瓦造建築
ススキノにて

ホテルはススキノの近く。ビジネスホテルのレストランではちょっと味気ないので、一人だけど町へ繰り出しました。美国という積丹半島にある町の名の店があったので魚介類が美味そうだと勝手にイメージし入りました。まぁまぁそこそこ。だが、若い店員がやたら売り込んでくる。私だけが感じているのかもしれないけれど、どうも北海道では内地の観光客を相手にした商売根性が旺盛のように思う。函館の朝市、札幌二条市場やラーメン横丁、小樽の寿司屋横丁、田中よしたけの花畑牧場、みんなそうだし決して安くない。私は北海道のこの部分だけが、どうも好きになれないなぁ。



ススキノの飲み屋で一人酒
旭川にて

今朝起きたら雪降ってました。北海道でも珍しいそうです。寒い!

旭川に朝六時半着。ロータリー近くの二カ所の旧遊里からスタート。そこ(常盤通)に北海道ならではの軟石を使った妻面石積み木造町家がありました。面白いのはうだつの形状。何と洋風オーダー柱が。
三条通は今の歓楽街。朝マックで腹ごしらえしてから歩きました。しかし、カラスが多いこと多いこと。怖いぐらいです。




旭川 常盤通の町家
芦別にて

西芦別は三井資本により開発された炭鉱。今や産業はないというのに炭住がたくさんあります。
画像は西芦別の商店街。
この自然の大地の上に直接町が創られている姿こそ北海道ならでは。一時期炭鉱で潤った小さな町には一通りのお店がありました。もちろん今や営業しているのは数軒で、冷たく強い風にあちこちのシャッターがガタガタ鳴っていました。




西芦別 大地と町との関係が面白い
赤平にて

芦別から旭川方面に戻ります。茂尻赤平と炭鉱町が続きます。
茂尻にはたくさんの炭住がありました。炭鉱が閉山している状態で、炭住にはどれほど住まわれているのでしょうか。
赤平には近代的な立坑の遺構が残っていました。画像の施設の塔は地上と地下650mを結ぶリフターです。
掘って掘って枯渇してしまって
、さらに大深度を開発。そして直後に閉山。兵どもの夢の跡か。



枯渇し大深度開発を行った住友赤平炭鉱
歌志内にて

赤平からトンネルを超えると歌志内。いきなり画像の建物が現れました。旧空知炭鉱が全盛期のとき、この劇場で映画や芝居が催されていたといいます。歌志内市は現在、日本で人口最小の市だそうですが、過去には現在の9倍もの人々がこの町に住んでいたそうな。
しかし、歌志内にはスイスチロル風の建物ばっかり。何の因果でしょうか。




歌志内 昭和20年〜30年代の建物が残る町
滝川にて

滝川駅は函館本線と根室本線が分岐する鉄道結節点の町。栄えた割にはあまり古い町並みは残っていません。石狩川大橋を渡った橋本にある
「金滴酒造」の煉瓦壁町家と、明神町交差点の「なかがわ金物店」だけを確認しました。旧遊郭は駅から東へ8丁と記述があったので、駅周辺800mをくまなく探しましたが面影のありそうな場所はありませんでした。



滝川橋本の金滴酒造
美唄にて

美唄は
三井と三菱が炭鉱でしのぎを削った土地です。まずは三井の方を訪れました。旧炭鉱鉄道にあった東明駅駅舎が残されており、さらに進むとポツンと場違いな場所に旧映画館の建物がありました。昭和30年代に建設されたというかなりモダンなデザイン。壁にモザイクタイルでアートしているのには驚きでした。なかなかいいデザインでしょ



美唄の旧映画館 なんでもない場所にポツンとある
アルテピアッツァ美唄にて

廃校を活用したアートスペース「アレテピアッツァ美唄」は地元出身で世界的に有名な彫刻家安田侃氏の作品が常設されています。校庭一面に芝生を植えて、緑と木造校舎と作品との関係は素晴らしい。そして屋内ギャラリーとして活用している体育館ですが、屋根の構造がデザイン的にいいのです。三井美唄炭鉱は近年の石油高騰でまた採炭を始めているそうです。観光と産業の両立した町づくりを期待したいですね。



アルテピアッツァ美唄
幌内にて

幌内は北海道で最初に開かれた炭鉱で、小樽(手宮)〜幌内間にいち早く鉄道が敷かれました。現在、鉄道博物館があるほか、炭鉱跡とともに歴史的な町並みが残っています。しかし、無住が多く、朽ち果てる手前ではありますが手付かずの町並みと言っていいでしょう。そう幌内集落はそのまま映画のロケセットに使えるほどイイカンジなのです。



北海道最古の炭鉱町 幌内
恵庭にて

江別で前回取りこぼした遊里を取材していたら雪が強まってきました。もう夕暮、新千歳空港に急ぎましょう。途中、雪はだんだん強まり、恵庭近辺では
一面銀世界に! 4月下旬ですよ、いくら北海道でもびっくりです。この日は太平洋岸で大雪だったそうです。日本海側にあたる炭鉱町で降られなくてよかった。




4月下旬だというのに大雪に
新千歳空港にて

空港ではジンギスカンを食べ北海道の旅を締めくくりました。そして空港の大きな吹き抜けには、北海道の生んだスター、
「水曜どうでしょう」のミスターこと鈴井貴之による地元限定サッポロビールの広告が!
うーんやっぱ北海道だ。
また来るからね!




ミスター!また来ま〜す!
北海道の町並み。私がはじめて北海道の町並みを歩いたのはかれこれ27年前になります。最も印象に残っているのは釧路で、市街地の北の端にあった団地の敷地の隣がいきなり釧路湿原だったことです。街というのは歴史が積み重なって何度も何度も塗り替えられて現在に至っているものですが、北海道の街はそうではない大自然の大地の上に直接街が建設されている。それが目に見てわかるところ、頭のなかで簡単に街を取り払って大地の姿を想像できるところが面白いのです。以来、何度も訪れていますが、今回炭鉱町や工業都市を歩いてみてもやっぱりこの点に感動しました。こういう場所は国内でも他にはない。青森県北部と北海道だけでしょうね。

北海道、大いなる大地。今度来るときは釧路と根室の街を中心に、道東の漁村を巡りたいと思います。