西新井(東京都足立区) |
2011年4月
仕事の関係で西新井大師の建物を見に来た。コンクリート造の日本建築がどうやってできているのか。
そして、万訪に変身すると門前の町並みの方に興味がある。アド街なんかでも紹介されている町。大正から昭和初期の建物がずらり。おせんべい屋さんや看板建築もいい味出していた。
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西新井大師の門前町
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浅草地下街(東京都台東区) |
2011年4月
浅草松屋デパートの前の三角広場にこきたない地下へ下りる階段がある。下りてみてびっくり!時間が止まった地下空間が、、、そうか、ここにあったのか。地下鉄銀座線浅草駅と松屋デパートをつなぐ地下街。ここまでの自然なレトロは作ろうと思ってもできるものじゃない。
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銀座線浅草駅の前にある古い地下街 |
花咲(山梨県大月市) |
2011年4月
娘と山梨県へドライブに出かけた。「集落などあまり行かないから」と、わかりきった嘘を言って誘うが、娘は単にクルマの中で「嵐」が聞ければ満足のようだ。
震災後の週末はまだまだ高速は空いている。
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旧甲州街道花咲宿の本陣家 |
勝沼(山梨県甲州市) |
2011年4月
甲州街道勝沼宿。当然、何度も通り過ぎている町だが初見である。クルマと娘を郵便局の駐車場において取材開始。ぶどうで富を得たのであろうか、果樹園の間に大きな屋敷が目立つ。町並みの東端付近は宿駅だったらしく軒を連ねる町並み。
よ〜し、戻ろうとしたとき「ただ今地震が発生しました」と町中に緊急放送。来るぞーっと構えていると、ドーンゆっさゆっさ。
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高円寺ルック商店街 |
奈良原(山梨県笛吹市) |
2011年4月
甲府盆地の桃の花の間を走って芦川村へ上っていく。途中、「奈良原の里」と書かれた碑があったので集落に入っていくと小ぶりながらよさそう。民家の屋根の形状から養蚕をやっていた痕跡が見て取れるが、総二階の出桁せがい造りの民家が見事だ。
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八代町奈良原の旧養蚕農家 |
鶯宿(山梨県笛吹市) |
2011年4月
芦川村は町並み本で紹介される前から古民家が良く残っているエリアとして2度訪問している。今回は中でもまだ歩いていない、鶯宿を取材に行った。前に歩いておけばよかったのに。
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芦川村鶯宿はリベンジしたい集落のひとつだった |
芦川(山梨県笛吹市) |
2011年4月
芦川村の農家は、富士山麓を中心に分布しているかぶと造り民家が特色。養蚕が盛んであったことで生まれた様式である。そして、集落が斜面上に形成されていることで、平地を創るため昔の人が一生懸命積み上げた石垣が美しい。
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芦川村はかぶと造りと石垣が美しい山村 |
身延(山梨県身延町) |
2011年4月
上九一色村を経由して富士の裾野を走り、本栖湖から富士川の谷へ一気に下りる。
身延はずっと昔に来たことがあるが、その際は町を歩かなかったので、ここも初見である。駅から続く町を過ぎると山門が、、、あれ町を通り過ぎちゃったかなと思ったらまた町が現れた。ここが、身延山久遠寺門前町であった。
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身延山久遠寺の門前町 木造3階建てがあった |
赤沢(山梨県早川町) |
2011年4月
身延山の裏側にある赤沢を再訪しよう。赤沢は身延山から七面山に至る間にある講中宿の町。だから、なんでこんな場所に旅館がたくさんあるの?っていう集落なのだ。私の大好きな町でもある。
十数年前に訪れた時は、重伝建地区に指定されたばかりで、その後少しは観光化されているかなぁと思ったが、全然そうなってない。よかったぁと思う反面、寂しくも感じた。
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山中にいきなり現れる旅館建築群 |
赤羽十条(東京都北区) |
2011年4月
23区内の非戦災地区シリーズ。赤羽駅の西側は日光御成街道の宿場町でもあったので、遅ればせながら訪れた。が、しかし時すでに遅しで、道路拡幅によって町並みは失われていた。
その代わりにといってはなんだが、背後の丘の上が面白い。大きな谷を挟んで向かい合う斜面の住宅地。商店街は十条まで続く。
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赤羽と十条の間の起伏に富んだ住宅地 |
さくら新道(東京都北区) |
2011年4月
JR京浜東北線王子駅の西側すぐのところににある桜の名所飛鳥山公園。その丘と駅との間に妙なバラック建築群がある。「←さくら新道」とかかれたサイン。導かれ足を踏み入れるとそこは完璧な昭和時代。昼間は飛鳥山の木々に日光が遮られて薄暗いが、夜は現役の飲み屋街なのだ。戦後闇市の数少ない残照のひとつである。
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飛鳥山下の闇市の残照「さくら新道」 |
獅子ヶ谷(神奈川県横浜市) |
2011年5月
横浜市鶴見区は去年精力的に攻めたエリアである。今日は、工場街ではなくJR東海道線の反対側にあたる住宅地を歩く。住宅地といっても多摩丘陵の農村の山林をその時代その時代で徐々に開発してきた起伏の激しい住宅地。うーむ、期待通りであった。こういうのは、横浜市や川崎市にたくさんあるが、獅子ヶ谷はかつての農村風景も残している。今後もこのような都市型天界の村をテーマに歩いてみたい。
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都市型天界の村とでも命名したくなる獅子ヶ谷
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瀬戸(愛知県瀬戸市) |
2011年5月
近くで仕事があったので、早朝に東京を出てひと町歩き! 瀬戸はご存じ、「瀬戸物」の語源にもなっている焼き物の町である。
名古屋から名鉄瀬戸線に乗って終点尾張瀬戸で降りた。町並みの情報がないので、駅の市内観光マップをもとに目的の町並みエリアに見当をつける。時間もあまりないので、タクシーに乗って最奥の場所まで行き、駅までの距離をつかんでおいて歩いて戻る作戦。タクシーにはわざわざ旧市街の中を走ってもらい、町並みポイントを押さえつつ、運転手さんが男性だったので旧遊郭の場所を尋ねることができた。
洞(ほこら)地区が窯元の集まっている町。常滑のように散策路を案内しているものの観光色が薄いのがいい。山裾の「窯垣の小道」は、焼き物で築いた珍しい石垣が見られ、楽しんで散策することができる。
駅へ戻るように歩いていくと途中に商店街があり、商家のような建物や旅館も見られた。そして、深沢神社の前には、タクシーの運転手の教えてくれた通り、夜の飲食店街があった。不思議だったのが参道にあるアーケード街の名前で、地上なのに「地下街」と書いてある???
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市街の奥にある洞(ほこら)地区が窯元の町 |
深川神社の門前がかつての遊郭エリアらしい |
6月梅雨入り前の木曜日の夕刻。北海道函館へ向けて羽田を発った。函館は明治以降港町として栄えた町だが、戦後も北海道の玄関口として発展した町。今回は、戦後の町並みを取材する予定だ。
ところが、函館空港を濃い霧が包んでおり飛行機がなかなか着陸できない。しばらく様子を見ていたが、飛行機はついに着陸をあきらめて羽田に戻ってしまった。羽田で22:00、さてどうしよう。困った自分のほかにこれを楽しんでいる自分もいる。方針変更!クルマで信州へ行くことにしよう。
真夜中に軽井沢に到着。仮眠をとり、早朝に旧軽井沢を歩いた。「なんで軽井沢にいるの?」って感じだったけど、すがすがしさが気持ちい!
上田の常連の店で蕎麦を食べて志賀の渋温泉へ。前にも利用した真田本陣つばた旅館」でゆっくりくつろいだ。
こういう、トラブルによる旅程の変更っていうのは計画したくてもできない。実は、旅の醍醐味なのである。
渋温泉
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函館へいけない!
こういう昭和の町並み見たかったのに |
なぜか軽井沢、でもすがすがしくって気持ちいい |
鬼無里(長野県長野市) |
2011年6月
鬼無里村(現長野市鬼無里町)を約20年ぶりに再訪する。あのころは草葺き屋根の民家をあちこちに見かけたものだが、今やそう簡単には発見することができない。県道をほとんど流しっぱなしできて、鬼無里の中心「町」地区でやっと取材したくなるような小さな町並みに出会えた。
そしてその先の根上地区は草葺き屋根の古民家が残っているところ。前回はフィルムをダメにしたため画像を没にしてしまっていた集落、リベンジ探訪だ。
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山中の鬼無里村の中心である「町」地区 |
高遠(長野県伊那市) |
2011年6月
大町に出て安曇野を南下。松本ではおなじみデリーのカレーでランチ、まるもでブレイク。ところが松本はすごい人である。NHKの朝ドラの舞台となっているからであろうか。
奈良井の町をさらっと歩いてから権兵衛トンネルを越えて伊那谷へ。そして、高遠をリベンジ再訪。
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高遠のデコラティブ蔵 |
栗田(長野県伊那市) |
2011年6月
杖突街道は、諏訪から高遠を経て伊那へ通じる道。高遠〜杖突峠間の宿場町・街道町は、それぞれに個性のある町並みであった。栗田は切妻平入りの屋根勾配の緩い民家が並ぶ。真ん中に下見板張り洋風近代建築もあった。
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杖突街道 切妻平入の町並み |
荒町(長野県伊那市) |
2011年6月
栗田のすぐ北の町。この町は、なまこ壁の古民家が多い。
急げーっ、日が暮れるぞ!
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杖突街道 なまこ壁の町並み |
御堂垣下(長野県伊那市) |
2011年6月
最後は玄関に唐破風や千鳥破風のついた民家が見られる旧宿場町。これは珍しい、、、けどもう取材不可能なほど暗くなった。
杖突峠を上諏訪に下って、うなぎ屋でディナー。今日は、高速一律1000円の最終日かぁ、帰りの中央道は大渋滞だった。
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杖突街道 玄関破風の町並み |
今年の梅雨はたいして雨を降らさず、あっという間に通り過ぎてしまった。暑い夏の到来だ。
週末、娘が「アウトレットに行ってみたい」というので、御殿場に向かった。ところが、東名高速は厚木インターを先頭に12kmの事故渋滞。事故の場合は全く動かない可能性が高い。「アウトレットなどどこでも同じ」とか言いながら、首都高3号線→中央環状線→東北道と栃木県佐野へ向かった。
佐野に来たんだから町で佐野ラーメンを食べよ。そして、後はやっぱり集落町並み探訪かな。
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佐野プレミアムアウトレット |
田沼(栃木県佐野市) |
2011年7月
佐野の郊外、犬伏は日光例幣使街道の旧宿場町。佐野市街同様蔵造りが何軒かあったが、データベース1ページを飾るほどではなかった。
その北、田沼へ。田沼は門前町から発展したという市場町。商店街に古い町家が多く残っていた。けど、中心から離れると一見無住のよう。消滅寸前といったところだ。
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田沼 消滅寸前の古い町並み |
館林(群馬県館林市) |
2011年7月
日光例幣使街道の他の宿場町も確認に通ったがめぼしいものなし。えーい、リストから削除してやる!
栃木県へ取材に行って地道を帰ってくると、いつも館林を通る。でもかならず日が暮れてやり過ごさざるを得ない。そんな街が館林だった。今日は日光例幣使街道の旧宿場町が不作だったため、館林に時間を充てることができるぞ。
まずクルマで当たりをつけるが、町並みの範囲は結構広い。商店街、武家屋敷町、飲食店街と一通り楽しめる。暗くなる前に早足でめぐり、1時間強で取材を終えた。
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館林 古い町並みより強烈なインパクトの建築 |