さて、ここから宗谷本線で道北をひたすら北上する。旭川から名寄までは、地図で見ると直ぐ近くのように見えるけれど、これが北海道の落とし穴で76kmもあり、鈍行で1時間半を要する。しかし、この鈍行で行くところが良いではないか。二枚ドアに対面式座席の気動車が、雪の中をノロノロと走る。雪というのは吸音効果があるので、ディーゼルエンジンが唸らない下りでは実に静かである。
旭川駅 宗谷本線にて北上
名寄の町並み情報は皆無だったので、当てずっぽうな探訪。まぁ、北海道の町はたくさん歩いているから、パターンに嵌れば要所を見つけるのはたやすい。駅を出ると秋前通りがまっすぐ西へ延びている。歩道に屋根がかかったアーケードになっているから商店街だ。北海道の都市というのは明治以降に都市計画されたものだからパターンがあって、鉄道に平行した街道(X軸)とそれに直交する駅前通り(Y軸)によるXY座標系の碁盤目状街区だ。原点の交差点が商業の中心地であるから、まずそこを見つける。そして、X軸に目立った建物は無いか主要部を端から端まで歩く。銀行や大きな商店などはここに面している。次にX軸に平行した1本隣の通りを歩くと、そこには大抵飲食店街がある。そして、スナック街などの遊里の場所は飲食店街とつながっている場合が多いから、とにかく飲食店街とその周囲を歩き回る。目ぼしいものが引っ掛かりだしたら、そこからは立て続けに来るので興奮を抑えて隈なく慎重に。釣りの極意に通じるかもしれない。
ところで、名寄の街は正にその定石通りに解ける街であった。XY座標系の原点には百貨店のような建物があり、X軸に平行した一本隣りにぎおん通りという夜の飲食店街があった。そして、妙に屋根のおおきな看板建築があるなとサイドに回り込んだら、飲み屋が軒を連ねる長屋だった。そして、反対側の正面に立ったら、出ました!北海道名物スナック集合体建築ではないか。左右対称の折れ屋根の下に屋内の共通の通路があって、そこに面してスナック並ぶがやつ。寒い北海道ではよく見かけるものだ。こうなると、上述したように見所は立て続けに現れて来る。そのスナック集合体建築の近くに、同じような構造の二条市場という集合体建築が見つかった。それらの周辺には古い木造建築も見られ、レンガ倉庫や土蔵なんかも見つかった。思わずほくそ笑む。
名寄駅からは15;17発の特急サロベツ号に乗る。名寄を出ると20分で美深という駅に停車した。懐かしい響きである。時は30年前の北海道旅行。私はこの美深駅から当時日本一の赤字線だった美幸線(現在は廃線)に乗って終点の仁宇布という町に行き泊まった。「山賊の根城(いえ)」というランプの宿で、当時ユースホステルを卒業した人たちが好む形式のペンションみたいのが流行っていて、この宿もそのひとつだった。泊まっている連中みんなが食堂に集まって夕食をとっていると、そこで一人旅のおっさん(おそらく今の自分くらいの年齢)と意気投合した。そしてその後も一緒に酒を飲んだ。風体はヒゲを生やしていて上条恒彦さんみたいな印象だった。おっさんが「仁宇布の近くにある松山湿原に行ったが素晴らしかったので行ってみなさい」と諭したにもかかわらず、私が「計画が組んであるから行かない」と言ったことに端を発して、話は旅についての討論になった。彼は「キミの旅にはテーマがない。あることを突き詰める様な旅をすべきだ」と説教をした。その時の私はまだ本格的に集落や町並みだけを対象にした旅はしていなかった。「俺は俺なりに考えて旅をしてるんだ。何でロクに知りもしないのに俺のことをそんな風に言うんだ」と、つっかかり言い合ったあと、悔しくて一晩眠れなかった。今思うと若かったんだなぁ。あれからずっとこの苦い思い出を北海道にくるたびに思い出し怒りがこみ上げていたが、今あのおっさんと同じ年齢になって、あいつの言ったことも一理あるなぁと思う。
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