にっぽん集落町並み縦走紀行 
  
最終日(第36日) 稚内(北海道)~宗谷岬(北海道)
     稚内  宗谷岬


宗谷岬(北海道)

 日本最北端の都市、稚内1月に最南端の集落波照間島からスタートした日本縦断の旅の最終日を迎えている。繰り返しになるが、この旅をわが集落町並み探訪人生の区切りにしたいと思い旅立った。あれから10ヶ月間、今後の生き方についていろんなことを考えた。わが愛する街である信州松本を歩いた時は早くリタイヤしてこの街に住んでしまおうかと本気で思ったり、本拠地東京を35年前の最初の町歩きをトレースしながら歩いた時は心が不安定になったり、三陸の大津波に被災した街を歩いた時は自分がやるべきことが何なのか真剣に考えなければいけないんだと、、、日本を駆け抜けるには短い旅だったが、わが国の集落町並みと自分の今までの人生を一気に俯瞰する体験ができたといえる。まだ旅は終わっていない。今日一日しっかり歩こうと思う。そして、最北端の碑を前にしてひとつの決断を表明したい。どんよりしていた空から日がさしてきた。
 まず、新しい稚内駅の再確認から始める。かつて線路は稚内駅のホームを通り越してやや北のところで終わっていた。駅が新しくなってホームの先がコンコースになったので、最北端の線路は無くなちゃったと思ったら、何と床に埋め込まれてるではないか。床に埋まった線路をたどっていくと風除室を横切って駅前広場に続き、線路の最後に設けられていたストッパーも「最北端の線路の碑」とともに設置されていた。

稚内駅のコンコースに延びる最北端の線路

 稚内は道北の最北部にある水産都市。市街地はノシャップ岬と宗谷岬に抱かれる宗谷湾の西側に形成されており、背後は80mの段丘崖がひかえている。利尻・礼文島への発着地として、第二次世界大戦前は樺太への要衝として栄えた。現在、市街地南部の埋立地(南稚内)に魚市場、石油基地があってロードサイド型の商業が集まっており、商業中心はこっちに移っているようだ。旧市街は稚内駅周辺で、南北3本の主軸から構成されている。一番東は国道40号線、一番西側は県道106号で、真ん中の通りにアーケードが架かった商店街や飲食店街があり、看板建築を主体とした町並みが見られる。さらに、段丘崖下のエリアを北へ向かって歩いてみた。この辺は住宅街。下見板張りの切妻妻入りの古い木造住宅が残っていた。そして、最後に稚内港のシンボル北防波堤ドームに行ってみた。礼文や利尻に渡るときにフェリー乗り場から見える巨大な構造物。初めて中に入ってみたが美しい構造体である。マラソン人が行ったり来たりしていた。

稚内 ノシャップ岬(北海道)

 稚内の街をどんどん北へ進んでいくと灯台が見えてくる。ノシャップ岬である。そして、段丘崖の上には沢山のアンテナが築造されている。すなわち我が国の北の防衛線というわけだ。


新しくなった稚内駅(北海道)

稚内の商店街(北海道)

稚内 洋風の建物(北海道)

稚内 飲食店街(北海道)

稚内 宝来町の住宅街(北海道)

稚内 北防波堤ドーム(北海道)
 さあ、ちょっと早いけど天候がいいうちに宗谷岬に行こう。ノシャップ岬から再び稚内の街を通り過ぎ、宗谷湾に沿って走る。途中、湾にややはみ出した小さな岬があり、そこにコンブ漁の漁村があったので取材した。湾に面して昆布の干場があり、カラフルな小屋が並んでいる。
 遠くに見えていた宗谷岬が近づいてくる。いよいよ旅が終わる、、、終わってしまう。宗谷岬集落は岬の東側にあるので、いったん岬を通り過ぎる。集落は、宗谷丘陵の段丘崖とオホーツク海との間の狭い土地に形成されている。並ぶ家屋は全く特筆すべきものはなく、ただ最北端の集落あることは確かだ。港にはたくさんの漁船が陸に上げられていた。冬には漁はしないためであろうか。もう取材するところは岬以外にない。クライマックスだ。
 宗谷岬は海岸と丘陵の上にちょっとした公園が整備されている。その間に駐車場があって、宗谷岬集落の端っこが延びてきてここで終わっている。観光名所の真ん前になる集落の端っこの建物は、当然ながらに観光客相手の商売である土産物屋や食堂になっている。つまり、ここが日本最北端の家であり食堂なのだ。「食堂日本最北端」という店に入った。ホタテカレーというのを注文したが美味しくなかった。

宗谷岬 「日本最北端の地」の碑

 そして、日本最北端の地に立つ。シーズンオフだというのに次々に観光客が訪れるのは大したものだ。でも、一人おじさんが多いのはなぜだろうレンタカーで来ているので地元民じゃない。一人旅は岬が好きなのでしょうか。と言ってるあんたはどうなんだと言われるか。碑の裏側に回り、南の空を仰ぐ。10ヶ月前、波照間の最南端の碑から北の空を仰いだことを思い出す。その時は、これからどんな集落や町並みが私を迎えてくれるだろうかと胸躍らせていた。今は、すべてが記憶となっている。
 私はここで、映画のラストシーンのように感動するかとか思っていたが、何度も来たことのある場所だし、他の観光客もいたりして、何もこみあげてこない。達成感もむなしさもない。飛行機の時刻までたっぷりあるので、しばらく碑の前の駐車場でブログの更新作業をしていた。遠くから碑を眺めていると入れ替わり立ち替わり、人が訪れては記念写真をとっている。そうだ動画も撮っておこうと、カメラを台の上に置いて自分を撮影した。その動画を確かめるために車のなかで繰り返し眺めていたら、今までのことが走馬灯の様に思い出されて来て、思わず涙ぐんでしまった。「にっぽん集落町並み縦走紀行」第36日をもって、ここ宗谷岬で完結する。

稚内声問集落(北海道)

宗谷岬集落(北海道)

宗谷岬集落(北海道)

宗谷岬集落 日本最北端の家(北海道)
 サイト「集落町並みWalker 」は2003年に開始しもうすぐ10年になろうとしているが、ここで一旦終止符を打ちたいと思う。私は「継続は力なり」という言葉が好きである。集落町並み探訪は私にとってライフワークであることは変わりないし、これからもつづけていくべきだと考えている。しかし、そのあり方はマンネリ化することなく、常に進歩し続けなければならないであろう。そのためにも、一旦離れてみようと思う。といっても小さな旅は続けると思うが、しばらくは我武者羅な探訪はせず自然体で向き合っていこうと思う。そして、今までの足跡をまとめ、新たな形で発信して行きたいとも思っている。ブログ「万訪のニッポンあの町この町」の方は今まで通りに更新していくつもりである。
 一生続けるための一休みだと思っていただきたい。そのために今回、小笠原をあえて残した。また新たな気持ちで探訪魂に火がついた時、小笠原を攻めたいと思う。いままでサイトを応援してくださった皆様には本当に感謝をしている。また何処かの町でお会いしましょう。


稚内空港にて
野村万訪
第35日