遠山郷・水窪・東栄(2004.04.29)
 

当ホームページの「日本美集落探訪」も第2話がなかなか書けないでいる。印象記で連載している中山道シリーズが終わったら、天界の村を仕上げたいと思っている。未踏で残っているのは、愛媛県石鎚山周辺と東京都の奥多摩、そして中国山地である。とりあえず第2話を書くべく、静岡県水窪町の気になっている集落を訪ねることにした。ゴールデンウィークの初日は願っても無い快晴である。

向市場(静岡県水窪町)
GWの渋滞を避けて、夜明け前に東京を発たった。浜松ICで降り、国道152号線を北上する。天竜川は深い谷を刻み、両側の山の中腹には「天界の村」がへばりついている(「天界の村U」で紹介の予定)。静岡県最奥の水窪町に、天竜川縁の向市場という斜面集落がある。
以前より気にしていた集落であり、今回集落の中を探索した。このあたりはお茶栽培の地域。新緑と新茶摘みをしている茶畑に包まれた美しい集落であった。
和田(長野県南信濃村)
旧秋葉街道は、静岡県の森町から秋葉神社を通り天竜川に沿って北上、長野県に入ってからは遠山郷、大鹿村を経て高遠にいたる塩の道である。静岡県から青崩峠(道路は兵越峠を経由)を越えて南信濃村に入ると、八重河内という急斜面集落があり、やがて谷に下りると和田宿に着く。
遠山郷とはどこからも遠い山中の地域という意。和田宿は、そんな山里の宿場町の風情が感じられる町並みである。そもそも、和田の郷土史家の方を訪ねたのが「天界の村」との出会いのきっかけだった。
上町(長野県上村)
上村は私にとって、集落町並み探訪の原点といえる村である。この村に出会わなかったら、現在こんなことはしていない。上村の中心市街である上町は、旧秋葉街道の宿場町。遠山川の支流上村川縁りに形成された町には、古い民家が散見される。軒の持ち送りに特徴がある。
上町を過ぎると、旧秋葉街道は地蔵峠を越えて大鹿村へ至る。
下栗本村(長野県上村)
集落町並み探訪をはじめるきっかけになった「天界の村」である下栗の本村集落。この集落に出会ってからというもの、日本全国の山の上にある数々の集落を見てきた。しかし、こうして改めてこの下栗集落を見ると、急斜面の角度といい、谷からの高さといい、標高といい、どれをとっても日本一であると確信する。
今回は、下栗の中でも古い本村地区を再度歩いてみた。ものすごい急斜面なので、道路はS字の連続で下りていくが、歩行者は最短距離で家々の軒下をかすめながら下っていく。等高線に沿って主屋の隣に蔵を並べた家が多いのも本村の特徴である。
八重河内(長野県南信濃村)
再び南信濃村へ戻る。兵越峠手前の八重河内集落を歩いた。ここは、南信濃村の中でも1,2の急斜面集落。谷の向かい側の土砂崩れした山が地形の険しさをあらわしている。
ここも旧秋葉街道の途中の集落。宿場町ではなかろうが、旅籠のような建物も見受けられた。また、保存が図られているのか、この地域の民家の原型のような建物も残っていた。
(静岡県佐久間町)
再び兵越峠を越えて静岡県水窪町へ。水窪町の市街地は良さそうな町並みであったが、今回は時間が無いのでやり過ごす。遠山郷から南下する中央構造線は、水窪から佐久間を経てJR飯田線沿いに南下する。
佐久間へ至る途中に地形図上で等高線が詰まった集落があるので訪れることにした。長野県では畑だった斜面であるが、静岡県に入るとことごとく茶畑となる。峰集落は、訪れてみると地形図で見るほどの急斜面ではなかったが、遠くに佐久間市街を見下ろす気持ちの良い集落だった。
佐久間の市街地は、宿場町らしい佇まいであったが、時間が無いので今回は歩くのを見送った。
本郷(愛知県東栄町)
佐久間町浦川から西へ向かう。途中の東栄町にリストアップしていた集落があるので訪れた。東栄町の中心市街である本郷には、街道沿いに若干の町並みがあり、ちょっと入った場所に妙な色の漆喰で固められた民家と蔵があった。本郷からやや北へ入った橋場という集落には、中2階でその中2階部分が閉鎖的な造りの切妻民家が目立つ。養蚕の影響であろうか。

長野県と愛知県の県境付近も山深い地域。歩いて見たい集落がいくつかある。またの機会に訪れたいと思う。