佐々並 幕末の戦以降に形成された橙瓦の町並み

山口県
萩市
佐々並





交通





佐々並




2012.03.20
佐々並市の成立は、17世紀半ばごろと思われる。萩往還の完成と共に宿場町、市の町(商店の並ぶ町)として栄え、駅が置かれていた。1845年頃の記録によると、市は次のようであった。総家数62軒、うち15軒が商人、47軒が宿人夫馬持ちで、ともに農業に従事していた。佐々並市には、萩往還沿いのもっとも大きい施設の一つとしてお茶屋(藩主の休泊施設)があった。慶応元年の佐々並の戦いでは佐々並が主戦場となり、多数の家屋焼失等大きな被害を受けた。現在見ることのできる佐々並の町並みは、この戦いの後に建設された以降のもので、その頃のものと推定される茅葺の寄棟平入の民家をはじめ、切妻平入りで2階に虫籠窓を設けた民家など古い町並みが連続して残されている。現在、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。
町は萩往還に沿ってL字型をしている。下が山口方面、上が萩方面。
高台から見下ろした佐々並の家並み。
山口方面から町に入ったところ。
茅葺屋根(トタンカバー)の民家が2棟並んで残っている。
右の平入り民家は「三浦酒造」で、「土山酒造」と号して明治34年の創業以来酒造業を営んできた土山家から、大正2年に「三浦家」が譲り受け現在に至っている。
石田理髪店
江戸時代、「御客家の井本家」が屋敷を構えた敷地の一角にあたり、理髪店「浅川家」を経て現在に至っている。
手前が椿家(明治21年)、その隣が林家(昭和中期?旅館) 

佐々並川にはかつて木橋が架かっていた(左上)

萩方向の端部の町並み(左下)
萩往還の古道(上)
 
参考資料 リンク
萩市

参考文献
『日本の町並みU 中国四国九州・沖縄』 西村幸夫監修 平凡社