紀伊清水 | 紀ノ川の渡し場 高野山登山道下の町並み | |
和歌山県 橋本市 清水町 交通 南海高野線紀伊清水駅下車 清水 |
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橋本市清水は元々は高野領で、高野山への参詣道(高野七口)のひとつ「京街道不動坂口」へのルート上にあたる。京都・大阪から葛城山紀見峠を越えてきた高野街道は、近世以降は橋本からこの清水のやや東の船着場へ紀ノ川を渡り、清水・学文路を通って不動坂口から高野山に登るルートがメジャーになった。 町並みは紀ノ川縁の約500mにわたる一直線で、町家形状の家が建ち並ぶ。各家は主屋は平入り、付属屋は妻面を通りに面する配置で、町の中心部の大きな家では塀を巡らし豊かな庭を持つ。集落の中には新しい家も建設されていたが、伝統的な工法を採用しており、機内では伝統技術が生きているということを実感できた。 |
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町の中間やや東よりの辺りに庄屋クラスの屋敷が並ぶ。瓦をのせた漆喰+板塀が連続して美しい。左の家は町で最も大きな屋敷だが、珍しいことに土塀の前面に生垣を配したダブル塀としている。(左・左下) |
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通りに面しては主屋が面したり塀が面したりと様々だが、共通しているのは板塀や格子で木の表情で統一されていること。(左上・左) 町の中間に常夜燈があった。ここから高野山へ至る登山道もあったという。後年、学文路という集落から登る不動坂口が使われるようになったという。(上) |
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漆喰壁のコーナー部の装飾。この地域でよく見られる意匠。(上) |
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現在、町並みは紀ノ川を渡る新大橋で分断されてしまっている。その新大橋より西寄りの町並み(左上、左) |
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参考資料 | リンク 橋本市 参考文献 『図説 日本の町並み8 山陽編』 太田博太郎他 第一法規 『日本の町並みT 近畿・東海・北陸』 西村幸夫監修 平凡社 |