柳橋 かつての名門花街の残照と神田川河口の船溜り

東京都
台東区
柳橋1




交通
JR総武線浅草橋駅下車徒歩





柳橋




2008.02.09
2015.02.08
 新橋と並ぶ東京の名門花街といえば神田川河口の柳橋。それらは「新柳二橋」とうたわれた。柳橋は江戸時代末期からの花街と言われ、一時期は芸妓置屋195軒、芸妓360人がいたというからすごかった。神田川のもっとも下流にある柳橋がかけられたのは、元禄の下町大火後の元禄11年、鉄橋になったのが明治28年、そして現在の橋は昭和4年のものである。橋の上から神田川を眺めると、屋形船の船溜まりで、護岸に木造の舟屋があって独特の景観となっている。柳橋の町には平成11年まで営業していた料亭「いな垣」が200年の歴史を閉じて花街のともしびは消えてしまったが、オフィス街の狭間に雰囲気を感じさせる建物が存在している。
昭和4年に建造された柳橋(左)

神田川河口の舟屋(下)

神田川河口はオフィスビルの裏側が並ぶ。川には東京湾の屋形船が停泊していて護岸には舟屋が建てられている。(上、左上)

柳橋の石塚稲荷。元々は御蔵前元旅籠町にあったが、元禄元年幕府が火除御用地として召上げ、代地として下付されたのが現在地。榊神社が運営を兼務している。寄進者の名前には亀清、いな垣、生稲、柳光亭がみえる (左)
花街時代の風情を伝える黒板塀。

かつての土地の記憶を感じさせてくれる建物たち。
かつての土地の記憶を感じさせてくれる建物たち。
稲荷神社
「柳橋芸妓組合」
「柳橋料亭組合」
の名が刻まれている。
2015.02.08
 
総武線の高架。この画像の先にある浅草橋駅もとってもレトロである。
参考資料 リンク
台東区

参考文献
『赤線跡を歩く2』 木村聡 自由国民社