神楽坂 明治時代は銀座よりも栄えた盛り場

東京都
新宿区
神楽坂2,3,4



交通

JR飯田橋駅
地下鉄飯田橋駅
下車






神楽坂




2004.09.12
JR飯田橋駅の西口を下りると江戸城外堀跡の牛込見附がある。そこから外堀と外堀通りを渡って西へ上っていく坂が「神楽坂」である。意外と急な坂を上りきると左手に「毘沙門天」がある。神楽坂はこの毘沙門天の門前町として江戸時代より発展した。門前町といえば遊郭がつきもので、坂の北側一帯が、明治期には銀座以上と詠われた遊郭である。

神楽坂は戦災で殆ど焼けたと言われており、戦後の航空写真を見てその様子が確認できる。しかし遊郭エリアは、従前の細く入り組んだ路地の構成が戦後に引き継がれた。その路地を徘徊すると、遊郭らしい石畳、黒い板塀、板壁や黄土色のリシン吹付け外装の建物、小さな庭の緑、背景にはオフィスビルやマンションが見えるという、独特な都市空間を体験できる。

神楽坂を東より上る(上)

石畳の細い路地を見つけたらそこが江戸情緒の名残を感じる遊郭エリア(右)

石畳と板塀が町の共通要素(左)

戦後の板壁あるいはリシン吹き付け外装の木造建物が密集する(上)
遊郭東側エリアの町並み。

神楽坂はこの毘沙門天(善国寺)への門前町として栄えた(上)

現在、都心部には超高層マンションの建設ラッシュである。足元の細街路の街とは対照的。これぞアジア、にっぽん、東京の風景だと思う(右)
参考資料 リンク
新宿区

参考文献
『日本の町並みV 関東・甲信越・東北・北海道』 西村幸夫監修 平凡社