北大東 近代開発の絶海の島 燐鉱事業で栄えた島里

沖縄県
北大東村

ほか





交通
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北大東島





2017.03.19



沖縄本島の東方380km、隆起サンゴ礁でできた沖縄県最東端の島。まわりを全て断崖に囲まれ、島の中央はラグーン(礁湖)の跡で盆地になっている。1993年(明治36年)、南大東島と同じく八丈島出身の玉置半右衛門の会社が開発に着手、リン鉱石の採掘とサトウキビ栽培が進められた。「砂糖の島」とよばれるくらい一面にサトウキビ畑が広がり、沖縄県の機械化農業の先進地となっている。古来、大東諸島は「うふあがり島」(うふ=大きい、あがり=東の意)と呼ばれ、沖縄本島では海上はるかな神の国として信仰する人もいたという。(「シマダス」参考)
北大東島は、戦前、南大東島と同様、玉置商会~東洋製糖~大日本製糖(現在の大日本明治製糖の前身)が島全体を所有する「社有島」であり、燐鉱事業で大いに栄えた。島には、西港、江崎港、北港と三ヶ所あるが、そのうちの一つ、西港は燐鉱石の積み出し港だった場所。港直結で、リン鉱事業施設(旧東洋精糖の遺構)が多数残り、登録文化財となっている。
また、島全体には南大東島同様にサトウキビ栽培の農村が広がっており、集落形態は散居村である。
現役時代の旧東洋製糖の燐鉱石貯蔵施設(左)
現在の遺構(左下)

大正/1919頃
島西北部の高台に位置する。島内で採掘した燐鉱石を,集約的に貯蔵するために築かれた施設。(「文化遺産オンライン」より)

ドライヤーと呼ばれる乾燥施設(上)
燐鉱石積荷桟橋(象の鼻)(左)
旧東洋製糖の倶楽部施設
旧東洋製糖の倶楽部施設
石灰岩の組積造外壁
末吉家住宅主屋
昭和前/1926-1945
石造平屋建、鉄板葺、建築面積107㎡
燐鉱の積出港として利用された西港に通じる,島北西部の幹線道路に面して建つ。桁行13m,梁間8.4m規模,寄棟造,平入の石造平屋建。角部をコンクリートで固め,壁面を石灰岩の布積とし,内部造作にはビロウを用いる。島で最初期の住宅地開発の遺構。(「文化遺産オンライン」より)
旧東洋製糖の社員住宅
弐六荘
昭和前/1940
木造平屋建、鉄板葺、建築面積243㎡
燐鉱採掘事業において宿泊や娯楽等に使われた。北面して建ち、東に切妻造妻入、西に入母屋造妻入を並行に設け、その間を繋ぐ工字型平面を基本に、突出が多く複雑な屋根構成になる。正面はガラス戸をたて開放的であり、屋根勾配が緩く、穏やかな佇まいをみせる。(「文化遺産オンライン」より)
旧東洋製糖の社員住宅
旧東洋製糖北大東出張所
大正/1919-1926
石造一部鉄筋コンクリート造平屋建
海を望む島西北部の高台に建つ。建物の角をコンクリートで固め,壁面を石灰岩の布積で築いた凹形平面の建築物で,玄関ポーチにはRC造の列柱を配する。事務所と売店を収容した燐鉱事業の拠点となった施設で,北大東島の近代産業繁栄の歴史を今に伝える。(「文化遺産オンライン」より)
旧東洋製糖の施設
旧東洋製糖の施設
壁の内部は乱積で、外壁上部に樋が巡っており、屋根が外壁より出っ張らない納まりであった。
湊地区の古い建築
北大東島の農村集落
長幕崖壁という崖線がずっと続いている場所。隆起サンゴ礁の環礁の内側の段差で、崖の上は高くなっている。
北大東島の農村集落
北大東島の農村集落
参考資料 リンク
北大東村

参考文献