高山市 赤瓦屋根が並ぶ市で賑わった高原上の宿場町

岡山県
高梁市
吉井町
上市

川上町
高山市
中町




交通

JR山陽本線岡山駅よりバス利用、地頭よりタクシー






高山市



2006.03.18
吉備高原は中国山地の南側、岡山県から広島県東部にかけての範囲で、標高は200m〜600mの一段低い山地をいう。小起伏の隆起準平原状侵食面で各所に残丘をのせ山間盆地が多い。つまり、周囲を絶壁の谷で囲まれた台地状の高原面と絶壁下の盆地という2つの平地しかない地形で、集落は高原面と山間盆地に発達している。たとえば、ベンガラの町並みで有名な吹屋は高原面の集落、高梁や成羽は山間盆地に発達した町である。吉備高原の石灰岩台地は、有名な井倉洞を中心とする阿哲台(新見・阿哲地域)、その東に谷を隔てた北房町にある上房台(上房地域)、成羽川流域の中村台・布賀台・大賀台(成羽・川上地域)、芳井町上鴫の高原台(上鴫地域)などからなる。

高山市(こうやまいち)は成羽川流域の大賀台にある宿場町である。かつて、笠岡方面と広島県東城方面とを結ぶ旧街道が通っており、また近くに穴門山神社という古社があり門前町でもあった。記録によれば、門前町から始まった集落だが、次第に「成羽と並ぶ郡内の商業の中心地」と呼ばれるように往来する人々を相手とした商いの町へとかわっていったという。「高山市」という名の通り、多くに人が集まり賑わった市がたっていた。しかし、昭和10年に火災があり長く続いた市が耐えてしまい、これを機に町は衰退していったという。
町は東西に長く上市と中町に分かれるが、上市は芳井町、下町は川上町(高梁市)に属している。現在、古い町並みが見られるのは西よりの上市地区で、火災のあった下町地区には見られない。町並みの特徴は、高原上という見晴らしのよさと赤瓦であろう。緩やかにうねりながら下る旧街道沿いに茅葺(トタンカバー)屋根の町家や赤瓦で両脇に袖ウダツを備えた妻入の町家が並ぶ。
町の近くにある小さな富士山のような形をしている「弥高山」は吉備高原を見渡す展望台で、秋の早朝には雲海が見られ多くの写真家が集まるという。
旧高山往還を東城方面(西)から入っていく。通りを挟んだ2棟の茅葺(トタンカバー)民家が出迎える。
宿場町時代の高山市を彷彿とさせる景観。
手前の家は、博労座跡。
近世交易のために荷物を牛馬の背にのせて往来したとき、ここで荷物を継いだり、宿泊の世話役を果たす事務であり、また牛馬の売買の世話もした。昔はこの付近に馬や牛も多く、200頭の馬主がいたという。、
上市の町並み
上市から穴門山神社へ至る参道入り口。
参道入り口あたりから東側に赤瓦の町並みが始まる。
入母屋妻入り袖卯建の民家が並ぶ。

赤瓦であっても海鼠壁の使い方は岡山県共通の特色。
S字状に旧街道が曲がっているところ。

上市のS字を過ぎると下市に向かって下っていく。(左)


家々には時期はわからないが、かつての屋号を記していた。宿場町であったことが伺える。(上)


「中備後屋」と屋号が表示されていた民家。(左上)
霧の中の一本木が高原らしい。
参考資料 リンク
高梁市
井原市

参考文献
「岡山のカルスト」 山陽新聞社