佐伯
船頭町
「佐伯の殿様、浦でもつ」食材に恵まれた商業地

大分県
佐伯市
城東町
内町
船頭町





交通
JR日豊本線佐伯駅下車




城東町・内町

船頭町





2019.03.21
関が原の合戦の後、慶長6年(1601年)毛利高政が日田から佐伯に転封されて城下町をつくった。番匠川河口の八幡山に城を築き、その東南の平地と埋め立てた干拓地に町を造った。西側の番匠川沿いの西谷と、南側の山際と呼ばれる地域には、長屋門と土塀を構えた武家屋敷が並び、その外側は川や水田を濠として見立てた。
現在、佐伯で見るべき町並みは、八幡山麓の武家屋敷街と町人地エリア。江戸時代から「佐伯の殿様、浦でもつ」といわれるほど、海の幸山の幸が豊富な町。今見る旧町人地の町並みは、近代以降に繁栄したものですが、江戸時代から続く商業地といった雰囲気を味わうことができる。
うまいもん通りの町並み
本町通りにあたる「なかまち商店街」アーケードに平行して、飲食店街の「新町通り」と「うまいもん通り」がある。

うまいもん通りの町並み

新町通りの町並み
新町通りは遊里系の店が多い。(上、左上)
なかまち商店街のアーケード(左下)
なかまち商店街のアーケード
昭和戦後レトロな床屋さんがあった。
なかまち商店街界隈から南へ中江川のほうへ進むと船頭町となる。商業地が続く。両町の間には堀があったため、町割りが変わっている。
船頭町本丁通りの町並み
造り酒屋のある本丁通り。
船頭町本丁通りの町並み
昭和30年ころの本丁通り
船頭町京町通りの町並み
札場通りと京町通りの辻。洋風の看板建築があった。昭和初期かな?
船頭町京町通りの町並み

船頭町京町通りの町並み
旅館宝来家(左上、上)
糀屋本店(左下)と呼ばれた大日寺の門前町で、明治以降は佐伯中心の歓楽街としてにぎわった。昭和5年の大火で20数軒が焼失したが、糀屋本店は類焼を免れたという。


船頭町浜丁通りの町並み
中江川に平行した浜丁通り。
船頭町浜丁通りの町並み
明治22年に大火があり、現在みられるものはそれ以降の建物。
船頭町浜丁通りの町並み
参考資料 リンク
佐伯市

参考文献