中津 直線的な町並みが見られる豊前の城下町

大分県
中津市
新魚町
豊後町
寺町






交通

JR日豊本線中津駅下車徒歩






中津新魚町



中津豊後町



中津寺町





2007.06.01
城下町中津は、天正15年(1587年)に黒田孝高が入部し、翌年から城下町の建設に着手したが未完成のうちに転封した。慶長5年(1600年)に細川忠興が入部して忠利が本格的に建設に務め、その後小笠原氏に代わって上水道が開かれるなどして、寛文年間(1661年〜1673年)にほぼ城下町が完成したという。
城郭を海に面して築き、東側から南側へL字に城下町を整備、町人町を武家屋敷と寺町で囲み、城下十四町は間口2間から四間、奥行十五間で統一された完全な直交座標で構成されている。
城下町の面影を残す町人町は、城の南側の新魚町と東側の豊後町で、桟瓦平入の間口の広い町並み。旧城郭内の南東部にあたる寺町筋も土塀などの景観が見られる。
新魚町の町並み
とにかく直線で計画された城下町というのが印象。左手は村上医院。
新魚町の町並み
新魚町の町並み
新魚町の町並み(上)

城郭の御囲山=土塁が残る(左)
殿町で見かけた洋風医院
片端町の町並み
京町の町並み
武家屋敷町から町人町に入る(左)

豊後町の町並み(下)

豊後町の町家(左上)

宮島町の飲食店街(上)

行橋の歓楽街。規模は中々のもの。(左)
参考資料 リンク
中津市

参考文献
『図説 日本の町並み12 南九州・沖縄編』 太田博太郎他 第一法規
『日本の町並みU 中国四国九州・沖縄』 西村幸夫監修 平凡社