野迫川 十津川郷 支流川原樋川に沿った斜面上山岳集落

奈良県
野迫川村
中津川





交通







中津川





1994.
紀伊山地の十津川流域は「十津川郷」と呼ばれていた。野迫川村は十津川郷の一部で、十津川の上流に位置する隔絶性の強い山村である。紀伊山地は、わが国の西南日本を中部地方より九州地方にかけて縦走する大断層である中央構造線の南側にあたる西南日本外帯山地の一部に属した壮年期の山地で、十津川とその支流によって深く刻まれた谷の日当たりの良い南向き斜面に集落が形成されている。産業は林業と農業で、かつては焼畑も行われていた。
五条から国道168号線を走り西吉野村を通って天辻峠を越すと旧大塔村である。そこからさらに十津川支流の川原樋川に沿って山深く入っていくと野迫川村がある。野迫川村は峡谷が深いため十津川との結びつきが薄く、和歌山県高野地方との結びつきが強い。そのため、村役場のある上河内集落は村内でも高野山に最も近い場所にある。村の特産に高野豆腐があることもそのことを示している。
中津川集落は、十津川本流に近いが村内では外れにあたる場所にあり、川原樋川の谷底から仰ぐ急斜面の中腹に立地している。十津川郷は降雨量が多く台風の通り道でもある。家屋は風当たりの強い斜面上にあるため、風雨に対して特別な考慮が払われている。棟は一般に低く、屋根勾配を緩くし、2階建ては本流筋を除き皆無に近い。風雨に弱い土壁は土蔵以外には用いられず板壁を主とし、軒先から下へ二尺五寸の板を竪にうちおろし(ウチオロシ)、これに天井を張ってノキテンジョウと称する。また、まともな横殴りの風雨を受ける妻面の破風(スバル)にも、妻壁と平行にけらばに羽目板を竪に打ち下ろし、スバルノウチオロシまたはスバルイタと称されている。中津川の民家にはこれらの特徴が見られる。

中津川集落。
日当たりの良い谷の南斜面中腹にある。(上)
斜面に石垣を積み上げ僅かな宅地を造り家屋を建てる。珍しく蔵が多いのも中津川が古い集落である証か。

軒下に下がる約二尺五寸の板は風雨を遮るフキオロシという装置。
中津川集落より谷を眺める
斜面上の畑の農作業風景。
棚田も見られた。
参考資料 リンク
野迫川村

参考文献