岡田 北国松本城下の直前の宿場町

長野県
松本市
岡田町



交通

JR篠ノ井線松本駅よりバス





岡田




2009.08.02
 岡田宿は、江戸街道(保福寺道)と北国脇海道(善光寺道)の分岐点に位置し、北国街道や中山道に通じる交通の要衝で、江戸から松本城下に入る直前の宿場として重視された。幕府巡見使や諸大名の中には松本を避けて岡田宿を利用したものも多い。慶長9年(1604年)家康の命により北国脇往還ができ、翌年には周辺の村々から人家を移し宿の基になる町並みがつくられた。「信府統記」に、「明暦2年(1656年)松本町から刈谷原宿や保福寺宿へ遠く峠も難所のため岡田宿が設けられた」とある。家数は。当初53軒、幕末70軒、中ほどに本陣脇本陣があった。通りの中央には用水が流れ用水の両側には緑陰や馬つなぎの並木があった。北の出入り口には枡形があり、街道分岐点の道標が現存している。昭和51年の三才山トンネル開通に伴う道路改修により、宿場町のたたずまいは一変したそうで、現在は中央部に大型の切妻平入民家一棟、妻入民家一棟、北部に僅かに連続する町並みが残っている程度である。いずれももの地方らしい海鼠壁の腰壁白漆喰が特徴である。
松本から岡田宿へ向かう旧街道沿いの民家。
旧岡田宿の町並み
本棟造りの妻入民家
 
参考資料 リンク
松本市

参考文献