狭上

宮崎県
西米良村
狭上

狭上稲荷の社務所をかねた民家。5,6年前まで藁葺き屋根だったそうだ。旅番組の一コマのように、縁側に座ってお茶と漬物を頂いた。

狭上稲荷の参道。いくつもの鳥居をくぐって辿りつく。

狭上稲荷に向かう山道沿いの民家。

狭上稲荷に向かう山道沿いの民家。
米良荘は九州山地南東部、一ツ瀬川の上流域一帯を指す地方称で、現在の宮崎県西米良村、西都市東米良地区・寒川地区辺りをいう。谷が深く平地が無いため、集落は尾根の緩斜面を見つけるように形成されている。
米良荘は現在宮崎県だが、かつて人吉藩(熊本県)に属し、菊池(米良)氏がまかされて支配していたから、昭和18年に米良街道が高鍋へ開通するまでは熊本県との関係が密接であった。いまでも村内で済まない買い物は熊本県湯前へ出るようである。
村所は西米良村の中心で一ツ瀬川の谷と支流板谷川の谷が合流する地点にあり、米良街道に沿って町並みが形成されてる。米良荘は集落が山の上にある「天界の村」なので、谷底の米良街道からは余り集落が見えないが、村所にくると突然人家が現れたという印象である。村所の町並みには古い建物は僅かながら残っていた。また、1500年頃から幕末に至るまで米良荘を領していた菊池氏の子孫が住んでいた住宅が、記念館として村所に保存されていた。
米良荘では伝統芸能の夜神楽が毎年12月に催される。九州山地では高千穂の夜神楽が有名であるが、米良神楽はあまり知られておらず素朴で、村の各所で順番に行われる。狭上稲荷大祭は最初に行われる場所で、村所から細い山道でひと山越えてようやく辿りつく場所にある。1軒の社務所をかねた民家があり、人が住んで稲荷を守っていた。

交通
参考資料 リンク


参考文献