飫肥

宮崎県
日南市
飫肥




交通








2003.04.24
今回の旅で、甑島のつぎにどうしても行きたかったのが飫肥である。日南地方は過去2回訪れているが、鉄道だったため飫肥まで足を伸ばす事が出来ないでいた。期待通りのすばらしい町だった。
飫肥の町は、北から延びる鰐塚山地の末端部に押し出されるように酒谷川が南を下にしてUの字を描いた内側に形成されている。北側は山地の麓の高台で、その上に城と田ノ上八幡神社がある。城下町として、自然の地形を見事に利用している。城の大手門と田ノ上八幡神社から南下する2本の南北通りと、町の中央を横切る本町通りと並行する県道という2本の東西通りを基軸にした整然とした町割りである。
武家屋敷の町並みは、城の東側の十文字地区が最も残っているが、大手門下の大手地区、国道沿いの本町の南側にあたる前島地区もグレードの高い町並みが見られた。本町地区の商家は残念ながら道路拡幅によってかつての町並みは残っていない。
大手門へ向かう大手通り。
大手門から大手通りを見下ろす。
十文字地区の武家屋敷の町並み。
十文字地区にある旧藩校振徳堂。
大手地区の東端にある洋館 旧飯田病院。前面の壁がスレート製である。
前島地区は下級武士や藩御用職人の屋敷町。写真は藩医屋敷の梅村家。
本町の商家のうち保存された商家資料館。
参考資料 リンク


参考文献