気仙沼 大火復興で一気につくられた昭和初期の町並み

宮城県
気仙沼市





交通

JR土讃線高知駅下車バス






気仙沼市



2005.01.23
2012.10.23
気仙沼は、気仙沼漁港を中心とする三陸地方の代表的な水産都市である。江戸時代、旧気仙沼町は気仙沼本郷とよばれ、仙台藩の直轄地であった。1956年湾奥の一景島の埋立地に近代的漁港を建設、遠洋漁業の基地となった。
気仙沼の市街地は、漁港を取り巻くように発達し、内陸部へ延びる街道沿いに続いている。その市街地は大正4年(1915年)と昭和4年(1929年)と二度の大火を経験しており、そのあと復興した街は昭和初期という一時期の特徴を表した歴史的な町並みとなって残っている。
こうして昭和初期に復興した街も、2011年3月11日、三陸沖に震源地を持つ大地震によって発生した大津波に襲われ、壊滅的な打撃を受けた。しかし、気仙沼は強固な鉄筋コンクリート造等が防潮堤となって津波の力を吸収することで、その後ろにあった建物を守ったケースが各所にみられ、結果的にいくつかの歴史的建築物が、部分的ではあるが残された。今後、震災復興都市計画が引かれるであろうが、残された建物は大切な歴史の継承者であり、大参事を招いた大津波の語り部として、維持され活用されることを願う。
気仙沼漁港(2005.01)
気仙沼の町並み(2005.01)
中央の建物が武山米店。三陸大津波で二階部分以外は失われた。
気仙沼の町並み(2005.01)
この交差点は気仙沼の銀座四丁目交差点といった場所。この建物は三陸大津波で失われた。
気仙沼の町並み
(三陸大津波で失われた)
気仙沼の町並み
(三陸大津波で失われた)
気仙沼の町並み
(三陸大津波で中央の建物二階部分以外は失われた)

(上、左上:三陸大津波で失われた)

(左下:三陸大津波で右側の建物は残った)
(三陸大津波で失われた)
(この建物は三陸大津波で奇跡的に残った)
(この町並みは三陸大津波で奇跡的に残った)
(三陸大津波で失われた)
(三陸大津波で失われた)
(三陸大津波で失われた)
(三陸大津波で失われた)
参考資料 リンク
気仙沼市

参考文献