卯辰山
寺院群
城北卯辰山の麓につくられた寺院群と遊里跡

石川県
金沢市
東山1





交通
JR北陸本線金沢駅下車徒歩





愛宕(旧遊里)


寺院群




2009.08.09
金沢は、戦国時代の尾山御坊(金沢御坊)を中心とした寺内町が起源である。天正8年(1580年)佐久間盛政が金沢御坊を攻略し金沢城を築いた。その後、前田利家が入城し、犀川と浅野川の間の小立野台地の先端に造られた城の周りに、150年余りに渡って繁栄する加賀藩百万石の城下町が形成された。
金沢城下町の北部にある卯辰山の麓にある寺院群は、元和2年(16161年)、三代藩主家常が市中への敵の侵入に備え、迷路のように入り組んだ小路に沿って寺院を集めたことに始まる。犀川から寺院群に至る前には江戸時代からの由緒あるひがし茶屋街(東廓)があり、ひがし茶屋街と寺院群との間はかつて「愛宕」と呼ばれた庶民の出入りする色街があった。戦後は「赤」へと移行した。
卯辰山寺院群はひがし茶屋街に引き続き国の重伝建に指定されるべく準備が進んでいる。

愛宕はひがし茶屋街(東廓)の見番所から北側と聞いたことがある

庶民の色街であり戦後「赤」へと移行した愛宕地区はこのあたりだったと思われる。面影があまり残っていない。(上、左上)

幕末に建てられた高木糀商店(左下)
一階にはシトミ戸、二階は防火のために漆喰塗り。

愛宕地区の端にあった木造3階建。建物の旧用途は不明。
卯辰山寺院群の町並み
卯辰山寺院群の町並み
卯辰山寺院群の町並み

卯辰山寺院群の町並み(左上、左)

城北大通り(国道359号線)沿いの商家(上)
参考資料 リンク
金沢市

参考文献