加古川 旧山陽道の宿場町はニッケの企業城下町

兵庫県
加古川市
加古川町本町





交通

JR山陽本線加古川駅下車バス利用





加古川





2005.07.27
加古川の河口近くの東岸形成された加古川の町は、江戸時代に河港をもつ山陽道の宿場町として整備された。工業用水に恵まれたため、日本毛織や近江絹糸、日本製麻などの工場、別府湾付近には鉄鋼、肥料工場が立地している。
旧国道2号線の加古川橋の東西両側にニッケ(日本毛織)の煉瓦工場がある。工場と共に発展した町では、工場こそは煉瓦塀で敷地が区画されているが、社宅を初めとする施設は町の中に点在したり境界がない場合が多い。ニッケ工場の社宅もそうで、加古川両岸の工場に隣接してあった。西岸の印南工場の社宅はすっかり更地となっており一部がスポーツ施設になっていた。しかし、東岸の加古川工場の社宅は今でも昔の佇まいを残している。その姿は昭和初期に建てられた住宅地そのもので、町並みを歩くと懐かしさがこみ上げてくる。砂利道に板塀。社宅は長屋形状の1階建てと2階建てがあり、幹部の家らしき洋風の一軒家も見られる。町の中心には洋館が2棟あって、一つは「ニッケ社宅クラブ」とあった。共同施設なのであろう。
この本町社宅と工場の間には天下の国道2号線(といっても一方通行)が走っており分断されている。だが、その下にはトロッコ道と呼ばれるトンネルがあってしっかり結ばれていた。
加古川西岸にある日本毛織印南工場。
印南工場の周りは濠と赤煉瓦塀がめぐらされていた。
加古川越しにニッケ加古川工場を眺める。
本町にあるニッケ社宅。「ニッケ社宅クラブ」などの共同の建物は洋館建てだった。(上)

砂利道に板塀とは懐かしい。(左)
平屋の長屋のようだった。
一部に煉瓦壁がめぐらされ洋風の戸建が建っていたので、幹部の社宅なのであろう。
2階建ての共同住宅。
この空間、日本広しいえど今や殆ど見ることが出来ない。社宅町らしい映画に出てきそうな空間である。
国道2号線(旧道)をトンネルでくぐって加古川工場と繋がっている。トロッコ道と呼ばれているようだ。
参考資料 リンク
加古川市

参考文献