戸畑 製鉄所と石炭で栄えモザイクタイルに彩られた花街

福岡県
北九州市
戸畑区
銀座1,2
南鳥旗町






交通

JR鹿児島本線戸畑駅下車





戸畑




2005.06.25
戸畑の地名は鳥旗、飛旗に由来する響灘に面する漁村だったが、官営八幡製鉄所が1901年に創業を開始して以来、関連企業が進出して一大工業地帯となった。また、洞海湾の対岸の若松とともに日本最大の石炭積出港として大いに賑わった町である。
戸畑駅の西口には港にかけて住宅地が広がる。駅前通りの幅員の広さは異常で、横たえる若戸大橋のスケールに呼応しており、ニューヨークマンハッタンの対岸の町に居るような気がしてくる。そんな大スケールの通りから西の銀座町に入ると整然と区画された街区の中に不思議な建物が現れる。玄関周りにカラフルなモザイクタイルで装飾を施した家々。2階窓には手摺がついていて窓には装飾ガラスが嵌められている。ここは昭和20年代にカフェー街が作られた場所である。大通りを渡って西鳥旗町を歩くと今度は昭和の旅館建築が現れた。
若戸大橋を渡って若松の町も歩いてみた。若松は石炭時代にものすごく発展した町で、戦災にも遭っていないので期待しての訪問だったが、残念ながら古い町並みや花街のいいショットを撮影することは出来なかった。
駅前から港に向って一直線に伸びる大通り。若戸大橋のスケールとあいまってアメリカ的な町である。(上)

大通りから銀座町に入ると打って変わっての住宅街。しかし、何処と無く普通の住宅街とは趣が違う。(左)
銀座町は昭和20年代に形成された戦後のカフェー街で、モザイクタイルでしゃれた装飾が施された建物が見られる。
なぜカフェー街にモザイクタイルなのか。遊郭の建物は衛生の観点から水周りにタイルを使用することが推奨されたようで、それが外観にも表れたのであろうか。
モザイクタイルで色っぽく?構えたカフェー建築の玄関。
大通りの東側には昭和レトロの駅前旅館建築が見られる。(左4枚)




洞海湾を渡った若松の旧花街を歩いたがいい感じの町並みは見出せなかった。(下2枚)
参考資料 リンク
北九州市

参考文献
『赤線跡を歩く2』 木村聡 自由国民社