浦安 日本一急速に発展した街に内包された旧漁村集落

千葉県
浦安市
堀江2,3
猫実3,4



交通

営団地下鉄東西線浦安駅

県道市川浦安線




浦安




2003.12.21
旧宇田川家住宅(明治2年)
 
浦安は江戸川の河口の三角州に位置した静かな農漁業の村だった。旧市街の中心である堀江は鎌倉時代からの河港で、古くから海苔、貝の養殖や釣り船の根拠地であった。三方を海と川に囲まれ水害の耐えない陸の孤島と呼ばれていた浦安は、海岸部では京葉工業地帯の造成が進み、京葉港の築港で漁業権を放棄、さらに昭和44年の地下鉄東西線の開通によって全国一の都市成長率を記録するほど急速に都市化した。
現在、浦安は全国でも知らない人はいないほど有名な市である。それは埋立地にできた東京ディズニーランドの住所であって、いまや内陸になってしまった旧市街の存在は知られていない。しかし、かつて栄えた場所で、空襲や大火にあっていなければ必ず古い町並みや集落は残っている。
不用意に浦安駅を降りて町を歩いても、日本一のスピードで都市化した町の中から旧市街を見つけることは困難だ。明治初期の地形図で確認すると、小さな境川を挟んだ堀江、猫実というエリアが旧市街であったことがわかる。清瀧神社の参道がメインストリートとなっており、その通りを軸に割りと整然と区画された町が展開する。まちを歩くと、駅前の新市街とは対照的で、人間的スケールの川や道、財を成した豪邸や出桁つくりの町家など広い範囲で古い町並みが見られる。

清瀧神社からの参道がまちのメインストリートであり商店が建ち並んでいる。
画像は堀江2丁目あたりで、この通りをまっすぐ進むと清瀧神社に至る。
堀江2丁目の町家。関東名物出桁造り+銅板戸袋の町家。
メインストリートの東の端にある埼玉屋豆腐店。なんで埼玉?。
堀江から猫実へ川を渡る。浦安は地盤沈下が激しいため、川沿いはコンクリートの土手が立ち上がる。
旧大塚家住宅
江戸時代末期と推測される漁家。浦安は旧市街の中央を流れる境川に漁業や水運あるいは飲料水を依存してきた歴史がある。
猫実3丁目にある民家。
参考資料 リンク
浦安市

参考文献