千葉栄町 旧千葉駅と繁華街を結ぶ町が戦後変貌した遊里

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交通






栄町




2014.05.04
2016.12.17

千葉は、中世には千葉氏の城下町として、近世は千葉街道をはじめ東金・成田諸街道を集める宿場町として栄えた。明治5年に県庁所在地となり急速に市街地が発達、第二次世界大戦時までは軍事施設が多く、軍都としても賑わった。中心市街地は現在の本町あたり。京成線の千葉駅が中央公園の場所にあり、間の中央3,4丁目界隈に繁華街が形成される。一方、国鉄千葉駅は、現在の千葉駅と東千葉駅の中間(現在の市民会館)に位置しており、旧千葉駅と繁華街の間を結ぶ形で栄町が形成された。
しかし、空襲で千葉の市街地のほとんどが焼土と化す。戦後の復興都市計画にあたっては大きく都市改造が行われた。千葉駅は、東京からの列車を総武本線(銚子・佐倉方面)と外房線(蘇我・鴨川方面)に分岐していたが、外房線への直通列車を千葉駅でスイッチバックさせなければならなかった。千葉駅を現在の場所に移動する(昭和38年)ことによって、スイッチバックを解消させるとともに、京成千葉駅も現位置とした。そして、駅前大通りを通し、新駅と繁華街との間に新たな町を整備した。旧都心の本町にあった銀行や商社が駅前大通りに移転。大型の業務ビルや百貨店が建設された。
一方、旧千葉駅と旧都心繁華街とを結んでいた栄町は、それまでの駅前大通りとしての立地を失い、一大風俗街へと変貌した。今の栄町通りを歩くと商店街としての名残が感じられるものの、戦後集まった在日朝鮮人によるコリアンタウンとなっており、栄町通りの西側にソープランドが集中している。
駅前大通の町並み
昭和38年に移転した新らしい国鉄千葉駅と旧都心部を結ぶ。東京丸の内のビルヂングを思わせる塚本総業大千葉ビルディング。

中央公園(左上)
かつて京成の千葉駅があった場所(左上)

千葉銀座(左)
旧都心の本町と京成千葉駅との間に形成された繁華街。

千葉モノレール(上)
千葉は地下鉄ではなく懸垂型モノレールが整備されている。

栄町通り(左下)
千葉銀座通りを北へ進むと栄町通り(ハミングロードパルサ)に続く
 
栄町通りの町並み
戦後の商店が歯抜け状態で並ぶ。千葉駅移転前の商店街の名残り。一方コリアン系の店が多い。
  
栄町の町並み
栄町の町並み
栄町通りとモノレール栄町駅との間のエリアはソープランド街である。
ソープランド街の町並み
旧千葉駅前の町並み
右にまっすぐ伸びているのが栄町通り。(上)

戦災で焦土と化したはずだが、一軒だけ戦前と判断できる建物が残っていた。(左)
千葉神社通りの町並み
旧千葉駅から千葉神社へ向かう周辺街区に対して斜めの通り
 
千葉神社通りの町並み
戦後のモルタル系看板建築の町並みがみられる。千葉の中心市街地ではここが一番残っているかな。
千葉神社通りの町並み
千葉神社通りの町並み
千葉神社通りの町並み
向こうは栄町
参考資料 リンク
千葉市

参考文献