豊橋
東田町
旧東海道吉田宿の遊女街から遊郭になった旅館街

愛知県
豊橋市
東田仲町



交通

JR東海道線豊橋駅より豊鉄東本線競輪場前駅下車





豊橋東田町




2005.06.21
『全国遊郭案内』によれば、「豊橋市吾妻遊郭は愛知県豊橋市東田町にあって、東海道線豊橋駅で下車すれば東へ約20丁、駅から乗合自動車で「東田」へ下車すると直ぐである。・・・「吉田通れば2階から招く、しかも鹿の子の振袖が」と云う唄が土地で昔から唄われて居る様に、豊橋は昔から遊女町として名高い処丈けに今も中々盛んである。」と豊橋の遊郭が有名盛んであったことが分かる。宿場から遊郭になったのは明治43年で、戦後は一時期赤線であった。
豊橋駅から路面電車に乗って「競輪場前」の電停で降りる。停留所はホームのようなものは無く、斜線の描かれた車道に下りるので車に気をつけなければならない。地元の車は分かっているので斜線の手前で停まって待っている。そこから南に歩いていくと公園があって、その公園を含むロノ字型街区の旧遊郭の町並みはある。
建物としては明治期に遡るものはなさそうだが佇まいは遊郭そのもの。バッチリ軒を連ねているからすごい。
街区の作られ方からすると、この廓の表玄関は公園と反対の南側だったようの思う。旧東海道吉田宿は南側に近いからだ。
競輪場前電停近くの車庫。建物と建物の間にすっぽり路面電車が2両おさまっていた。
廓の南側の入り口。電停とは反対側だか、旧東海道吉田宿から真っ直ぐ東に伸びた道から入るようになっているので、おそらくこっちが廓の表玄関だったのではないか。
南のゲートから入って、ロノ字の通りを時計回りに歩く。最初の角に建つ建物。玄関の設えから遊郭建築であることが分かる。
西側の通りの町並み。奥のこんもりとした緑は公園。(左)

西側の通りの町並みを公園方向(北)から南方に向って見る。現役の旅館も何軒かある。左手前の「宝光」の屋号は『全国遊郭案内』にも存在していた。(下)

モザイクタイルの出窓。赤線時代の建物であろう。

公園(左上)と公園に面する旅館(上)

東側の通りの町並み(左)
東側の通りの町並み。現役の旅館も見られる。(左、左下)

東側の通りの町並みを南から眺めたところ。(左)

仲通りの最も公園よりの建物。仲通は通りである。(上)
参考資料 リンク
豊橋市

参考文献
『赤線跡を歩く2』 木村聡 自由国民社