湖西紀行
 

ある日曜日の朝、NHKスペシャルの再放送がやっていた。『映像詩 里山  命めぐる水辺』
途中から見たので何処だかわからないが、とても美しい水辺の映像。一緒に見ていた子供もたいそう興味を示して「行きたい!」と言っている。しかし、自然の情景や生活する人々ばかりで建物が映されず何処だかわからない。そのうち、綺麗な水が流れ底にバイカモが生えている水路が映された。「これは滋賀県だ!」と、そこまではわかったものの県内のどこかわからない。結局、番組が終わってからネットで調べること1時間、滋賀県新旭村であることを突き止め、さらに地形図で集落内に水路が流れていることを手がかりに数箇所の集落を絞り込んだ。
たまたま近々に関西に行く用事があったので早速行ってみることにした。娘には帰ってきたら報告する約束をして。
大溝(滋賀県高島町)
湖西線ができたのは割と新しい。その前は「江若鉄道」が湖畔をちんたら走っていたらしい。国鉄湖西線が開通して江若鉄道は廃止された。湖西線は当初「ミニ新幹線」と呼ばれたようにオール立体交差である。速いし視線が高いので眺めはいいが、駅の造りがみんな同じなのはちょっと味気ない。
高島町大溝は湖西地方唯一の城下町。南北2本の通りと東西1本の通りに町並みが見られる。伝統的な民家の連続する姿には乏しいが大きな町家が残っており見ごたえはある。

堅田(滋賀県大津市)
堅田は数年前に坂本の帰りに通過しながらチェックして「何も無し」と思っていた。湖西の町は水際に石垣を積んで並んでいるケースが多いが、堅田も同様で、駅からずいぶん離れた湖畔に旧市街があった。現在のような町並み探索術を習得していない当時、町並みの場所を見抜くことが出来なかった。
駅から循環バス乗って出町バス停で下車した。例のごとく航空写真と地形図を見ながら歩いていく。有名なのは琵琶湖に突き出して建っている「浮御堂」だが、そこから北へ1KM位の間に町並みが残っている。北に行くほど重みを増していくのが特徴だ。琵琶湖を背景に栄えた堅田の町には、大きな商家がボツッボツッと建っている。屋敷のわき道から裏側の湖畔に出ると砂浜から直接石垣が立ち上がって連続する、堤防の無い琵琶湖らしい風景を見ることができる。


今津(滋賀県今津町)
間をおいて訪れた湖西地方2日目。今回は大溝より北の今津から歩く。琵琶湖畔には大津、今津、海津、塩津など「津」の付く町が多いが琵琶湖の港町であったことを示している。今津は若狭街道と湖上舟運の接続点として発展した町で、現在でも竹生島や彦根への船が出ている。
ここも湖畔に石垣を連続させる町並みだがあまり見ごたえのある町並みではない。湖畔の町の途中から熊川や小浜へ至る若狭街道が分岐し山へ向っており、その通りに沿った町の方が中心のようだ。そこには、近江兄弟社を創設した宣教師建築家ヴォーリーズ設計の建物が3っつも並んでいた。

新旭(滋賀県新旭町)
さてNHKスペシャルで取り上げられた集落の探索である。新旭町の集落は湖畔の低湿地帯に集落一つ一つが塊を作って離れて配置されており訪ねるのが大変である。車であれば何箇所も走り回って絞り込んでから歩けるが、今回は鉄道できているので予測をつけた3箇所に賭けるしかない。駅前にタクシーがいたのでこれ見よがしに乗り込んで、ピックアップした中の最も駅から遠い集落で下ろしてもらった。藁園という名前の集落は清らかな湧き水が随所に流れている静かな集落。建物は新しいがランドスケープがいい。そこを歩いてから隣の深溝へ。途中に機織の音が聞こえる町工場がたくさんある。最後に針江集落で、どうやらここは取材された集落のひとつであるようだ。面白いのは台所が湧き水の水路に面していて、水路の水が建物内に引き込まれている構造になっているところ。水路には大きな鯉が放し飼いされているが、これは観賞用ではなく水路の水を綺麗に保つためらしい。洗い物をした後に出るご飯粒などを鯉が食べてくれるからだ。

針江の公民館前でタクシーを呼んだ。10分待ってやってきたタクシーはさっき利用したタクシーであった。タクシーの運転手に「機織の音が随所でしますね」と訪ねたら、新旭町はかつて織物が盛んで、遠く九州から集団就職してきた時代もあったという。

湖西地方の風景は本当に美しい。時に湖西地方はすばらしい。何度でも訪れてみたい地域である。